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「再起不能になったこいつを連れ戻せと命じた馬鹿は誰だ?と、聞いたんだ」 「え?」 「シュナイゼルか?」 じっと、探るような視線を向けてカレンの反応を伺った。 シュナイゼルではない事だけは解っている。 盲目のゼロを舞台に戻す意味はない。 むしろマイナスにしかならない以上、シュナイゼルなら影武者を用意するだろう。スザクと今後の方針を打ち合わせはしても、ゼロとして表舞台に戻れなど絶対に言わない。 ゼロを演じる者がいれば何も問題はないのだから、言うはずがない。 数百年生きた魔女の貫録というべきか、無言の圧力をかけるC.C.の姿に、カレンは無意識下ではあるが気圧され、先ほどまでの激昂が嘘のように引いていた。 「え・・・えーと」 勢いを無くしたカレンは、C.C.の質問に言葉を詰まらせた。 やはりシュナイゼルは無関係かとC.C.は口角を上げた。 手触りの良さそうな新緑の髪と、神秘的な黄金の瞳を持つ美しい少女が、嘲笑うようにカレンを見つめている。まるで、全てを見透かされているような居心地の悪さに、今ままで頭に登っていた血が、すっと下がる思いがした。 魔女の笑みに魅入られたものは、誰もが平常心を失う。 カレンの反応に気を良くし、C.C.は小さく笑った。 「ゼロがここにいる事を知っているのは極わずか。隠しても意味は無いぞ?」 ゼロの中身は極秘。 だから本当なら誰にも知らせずここに来るべきだったのだが、ゼロが行方不明になった、捜索しなければと騒がれても困るため、ゼロ=スザクと知るなかでも4人にだけ教えていた。 そのうち2人はシュナイゼルとロイド。 この二人は誰にも教えないだろう。 だから必然的に残り二人に絞られる。 「べ、べつに隠すつもりはないわよ!」 「では、だれだ?障害者を引っ張り出そうとしている馬鹿は」 一人で歩くことさえままならない人間を、表舞台から引いた人間を、無理やり戻そうなどと考えている愚か者はだれだ。 心と体に傷を負った人間の気持ちも考えず、引っ張り出そうと言う冷血漢は誰だ。 冷やかに嘲笑いながら放たれるC.C.の言葉と、お茶を運んできたアーニャの冷たい視線、暴力沙汰になった時に動けるよう待機しているジェレミアの怒りの顔に、頭の冷えたカレンはようやく自分の発言で周りを怒らせている事に気付いたのか、小さな声で言った。 「な、ナナリーちゃんと、カグヤ様が・・・」 ブリタニアの代表と、超合衆国の議長。 大きな権力を持つ二人だが、ゼロに関して口出しできる立場にはいない。 「ほう?何と言っていたんだ?」 「ナナリーちゃんは、目が見えなくても大丈夫だと・・・。自分も8年間盲目でも、何とかやってこれたし、総督もしていたと・・・そしたらカグヤ様もそれに同意されて・・・」 そもそもスザクにルルーシュのような能力は求めていないし、護衛をつければスザク自身が動く必要も無くなる。だから目が見えなくても十分ゼロとして立つ事は出来るはず。ルルーシュの死を無駄にしないためにも、その意思を継いだスザクはゼロとして、英雄として、象徴として世界に平和をもたらさなければならない。 カレンの言葉に、C.C.はわざとらしく大きなため息を吐いた。 「なあカレン。シスコン兄の存在も、総督時代お飾りだった事も忘れたのか?」 「え?」 目を瞬かせたカレンに、解らないのかとC.C.は呆れた。 「ナナリーのためなら何でもするルルーシュと、世話係の咲世子がいたから、ナナリーは学生生活を送れた。総督時代の仕事など、全部ハンコを押して終わりの書類だけだ。おまえ、それをゼロに求めているのか?ゼロに只のお飾りになれと?」 それではゼロの威厳も何もかも無くなってしまう。 ゼロは凛とした姿で立ち、人々を導くからこそ存在意義がある。 何もせずそこにあるだけの飾りでいいなら、人形でも置いておけ。 「だ、だけど、ゼロはスザクだし、今は怪我で療養中にしているけど、そんなのいつまでも続かないじゃない」 「その話はシュナイゼルにしたのか?」 そう尋ねると、再び言葉に詰まった。 シュナイゼルに相談もせず、独断で動いたのはゼロに関しては自分たちの方がよく知っているし、こうするのが正しいのだと言う独善からか? シュナイゼルより自分たちにゼロの進退を決める権利があるとでも? ゼロに口出しできる権利など、誰にも無いと言うのに。 ・・・元を正せば、ナナリーとカグヤの善意だろう。 失明し、ゼロとして立てなくなったスザクの事を二人は考えた。スザクはきっと苦しんでいる、だからこうすれば、またゼロとして生きる事は可能だ、ゼロを止めなくていいのだと言いたいのだ。 彼女たちからすればこれ以上の案はなく、スザクもきっと喜んでくれるし、ゼロも戻ってくると思っている。 世界平和のためにもそうするべきだ。 だから今は苦しんでいるかもしれないが、スザクを連れ戻し、ゼロとして再び立たせることで、何も問題はない事を理解させたい・・・といった所だろうか。 彼女たちから見れば純粋な善意でも、はたから見れば独善でしかなく、それは下手な悪意よりも性質が悪い。 「だ、だって、スザクにはルルーシュが見れなかった平和な世界を見る役目が・・・」 「見る?お前は今、見ると言ったか?なあカレン、この男を前に、もう一度言ってくれないか?」 くつくつと嘲笑ったC.C.は、隣に座る男を指出した。 カレンの話す内容に、顔をうつむかせ、暗い表情をしているスザクは、もう見る事が出来ないからこそ、ここにいる。 さあ、両目から光を失った人物を前に、もう一度言ってみろと魔女は笑った。 カレンはしまったと思い、慌てて口を開いた。 「そ、それは確かにそうだけど、世界征服をしたり、混乱させた責任もあるんだし」 お前がそれをいうのかと、C.C.は目を眇めた。 「忘れたか、カレン。ルルーシュとスザクは自殺したんだよ。そこまで二人を追い詰めておきながら、なおも追い詰めるか。確かに世界征服をしたな?だがその結果どうなった?世界征服と混乱させた責任など、戦争を無くしただけで十分お釣りがくるだろう?それともお前たちは、二人の命だけでは足りないと言うのか?」 「そ・・・それは・・・」 「頼り過ぎなんだよ、寄りかかり過ぎだ。・・・ゼロの影武者ならシュナイゼルが考えているだろう。あの衣装を着てあの場に立つのは何もスザク自身じゃなくてもいい。実際にルルーシュがゼロだった時には、私はゼロの影武者だったが問題はなかっただろう?スザクがあの衣装を着ることに拘るな」 C.C.が吐き捨てるように言うと、アーニャは顔を強張らせたカレンの傍に立った。 「スザクは行かない。帰って」 拒絶を示す態度に、カレンは口を閉ざし悔しげに立ち上った。 そして送って行くと言うジェレミアと共に車はこの地を離れていった。 窓から外を覗き見ていたアーニャは、帰ったと一言呟いた後、スザクを見た。 ようやく立ち直りかけていたのに、また俯いてしまった姿を見て、悲しげに眉を寄せた。こんな状態のスザクを見ても、なんとも思わないなんて。スザクを連れ帰ることで、世界に、ナナリー 達に褒められたいだけにしか思えなかった。 本当に、連れて行かれなくてよかったと安堵する。 「C.C.ありがとう」 ジェレミアとカレンでは、ただ口論になるだけだった。 スザクとカレンでもそうだ。 アーニャも加勢したが、自分は正しいのだ、スザクはゼロに戻るべきなのだ、ルルーシュの意思を継いだのだというカレンを説き伏せ、帰らせるのは難しいと判断し、まだ寝ていたC.C.を呼んだのは正解だったと、頭を下げた。 |